ひとの名前が出てこない

人の名前がなかなか思い出せないことがあります。顔のディテールは頭にあるのに名前だけが浮かんでこない。こんなとき、もどかしさを感じつつも、たいていの場合は思い出すことを諦めてしまうのですけど。

今朝、なんてことのない会話の流れで、たまたま〈はぐれ刑事純情派〉の話になり、そのとき主人公のあの俳優さんの名前がまったく出てこないということがありました、、 鼻筋のとおった面長の背広姿はクリアに頭に浮かんでいるのに。と、そんな今朝のできことがこの投稿のきっかけになっています。

文字で記憶することには
限界がある

これは記憶の衰えなのか。言い訳をするわけではないのですが最近は開き直って、こう考えるようにしています。 “文字で記憶することには限界がある”と。
デザインの目的は、対象となるモノゴトを記憶に残すことです。網膜に焦点がむすばれた光の信号が脳に伝える情報は膨大です。コトバではなく、視覚に訴えるほうが、そもそも情報量が桁ちがいに多く効果的だというわけです。
こんなときはデザインの力を借りつつ、人々の記憶にとどめてもらうために、できるだけ記憶の負担を減らすよう考慮する必要があります。記憶容量は無限ではありません。伝えたいことを伝えたいだけ盛り込んだメッセージは、結果何も伝えないことに等しい。優先順位をきめたら伝えたい要素を限定して、そうしてうまれた「余白」をどう扱うかを検討していきます。
カフェノマでも、写真そのものや、ブランドのことを気にかけてもらうために、できるだけ記憶の負担を減らすよう試みてきました。優先順位をつけたら、順位の低い要素をどれだけ削れるかを日々繰り返し考えてきたのです。
カフェノマのブランドカラーは、最小限の2色で構成。しかも白と無彩色のグレーが基調色です。自己主張せず他の色に馴染みやすい点が、カフェノマの理念に一致しています。
視点を集めたいのは額に入ったイラストです。そのために他の要素をどこまで削れるかを検討していきます。
色数を限定することを意識した一枚。ビンテージ家具の木部とテーブルの白さの対比を強調したいため、カトラリーやケーキの色も意識しています。
コーヒーバッグの商品カット。商品以外は余白とし、自然と視線がそこに集まるように、全体の色数を制限しています。
カフェノマのロゴがシルエットになったBOX。ロゴを描かず抜くことで、箱の中の商品がわかり、同時にブランド・アイデンティティも訴求した例。
伝えたいメッセージが人々の記憶に残るためにはどうしたらいいか。商品や自社ブランドのことを記憶にとどめてもらうにはどうすべきか。僕が参考にしている、スタンフォード大学ビジネススクールの教授が共著で出した『アイデアのちから』という本。10年以上前に翻訳本がでたベストセラーですが、いまだに読み返すことがあります。

永く続くブランドを考える

自分でつくったブランドを長く続けるにはどうすればいいか。そう自問自答する多くのブランドオーナーの関心事はなにか。僕の勝手な想像は、それは、いま目の前にある商品の売れ行きよりも会社の未来の姿だということ。商品ブランドやサービスブランドではなく、企業ブランドそのものの未来への関心です。

他人事ではなく自分ごとなので、関心事ではなく心配事ですね。心配といっても日々思いわずらうようなタイプのものではありません。たとえば、誰でも事業を始めてまもない頃は、心配で眠れない夜が続きます。それでもそのうちに慣れっこになってそんなことなど忘れてしまい、毎晩グーグー寝れるようになるはずです。経営資源が限られる個人商店オーナーにとっては、一円にもならない心配事に価値がないことを、早々に理解するからです。この心配とは別のお話です。

賞味期限:永遠a super long best-before-date

冒頭に書いたブランドを長く続けるにはどうすればよいかというテーマ。僕はこのことを、“価値の賞味期限問題”と呼んでいます。失敗したらやり直せばいいといいますが、そうもいかない場合もあります。40歳でブランドを立ち上げた僕にとっても、取り返しのつかない歳をとうに超えています。もし自分のブランドが入った缶詰に賞味期限を印字するなら、そこには「永遠」という文字を刷りたいのです。

コーヒーのある暮らしTime with a cup of coffee

コーヒーそのものよりコーヒーのある暮らしぶりにフォーカスする。カフェノマがテーマとする『コーヒーのある暮らし』とはそういう意味合いです。コーヒーには賞味期限がありますが、『コーヒーのある暮らし』には賞味期限がないからですが、最初からこのことを意識していたわけではありません。このことに気づいたのは、実は2012年に写真を撮り始めてから数年経ったあとのことでした。

写真は、コーヒーが映り込む暮らしぶり(空気)を切り取るようにして撮っています。この空気感をいかに価値に変えるかが、ぼくが長らく挑んでいるテーマです。そういう意味で、カフェノマの写真は賞味期限という壁を超えたいという僕個人の試みでもあります。

一般的に食べ物の商用写真では、シズル感=みずみずしさの表現が求められますが、僕は最初からこれを否定していました。イメージしていたのは、西洋画にある果物の静物画です。数百年前の絵画のように、“おいしそう”ではなく、いつまでも眺めていたい一枚の画を目指してきました。おおげさにいうと、数百年前の果物のある暮らしを眺める現代のぼくたちのように、数百年後にコーヒーのある暮らしを眺めるひとびとのことを想像して写真を撮っているわけです。

ブランドが長く続く秘訣というのは、なかなか思いつきません。それでも価値が永く続くことをメタ認知しつづけると、そこにはやっぱり“普遍性”というテーマが浮かび上がってきます。この賞味期限のない普遍的な価値をみつけることこそ、ブランディングという行為だと自分は思っています。

不安はなかったか

かつて友人が年商数億の代表職を辞して、春から好きなことを始めるといい、ひさしぶりに一緒に飲むことがあった。そのとき彼は41歳。好きなことをこの年齢で始めることに「クレイジー」だと自分で言っていた。確かに突拍子もない事業に聞こえるんだけど、そのとき彼はたぶん真面目だったんだろう。

そのとき僕は、会社を起こして9年、カフェノマというブランドを立ち上げて5年目くらいの年。始めるにあたって「不安はなかったか」とか、飲みの席でいろいろ聞かれたけど、答えはもちろんNO。単にそんな時間はないからだと。彼もそんな事は最初から分かってて聞いてきたんだと思うけど、結局「覚悟」しかないんですよね。